教員ママの!勝手に!滑川町改造計画

教員ママの!勝手に!滑川町改造計画

教員ママの野望と活動と子育ての記録。

こどもをまんなかに! その1~今の滑川町の子どもの環境について考える~

自分に甘くてスミマセン。

いつもブログで偉そうなことを言っちゃうから(笑)
最初に言っておこう。
私は偉そうなことが言える良いママじゃない!
むしろ自分勝手な、自分がやりたい放題ママだ。
「ママの半分以上は意地悪でできている」と、うちの子によく言われる(笑)

先日、『小川げんきプラザ』のイベントに参加してきた。
金勝池で学ぶSDGs
池のメダカやザリガニを網で取った。
トビケラなどの取った生き物を調べた。
水辺の生き物から、住み分けなどの生きる知恵を学んだ。
真ん中の子は、池から流れる川に落ちて、ずぶ濡れになった。
(真ん中は、絶対にやると思っていた!被害は少ない方(笑))
私も子どもたちも、最高に楽しいイベントだった。

終了後。上の子が「ザリガニ持って帰りたい!」
私「どうやって持って帰るの?今日は虫かごも水槽もないからダメ!」
上の子「紙コップに入れればいいでしょ!」
「ザリガニは要らない!」「ほしい~~~」とひと悶着。
結局1匹ずつ紙コップに入れてお持ち帰りが決まった。

が、私が急に思い立って
メスとオスはどこが違うのか、講師の先生に聞いてみた。
先生から丁寧に教えてもらったあと…
上の子「オスもメスも、ほしい!」、末っ子「一人2匹!」という。
私「ザリガニ、6匹も要らない!ママは、ザリガニよりもメダカが欲しい」
と言うと、上の子「じゃぁ、どっちももらえば良いじゃん!」

…そして、ザリガニ6匹、メダカ3匹をお持ち帰り。
駐車場までの帰り道。
旦那が、くたくたの末っ子をおんぶして、
両手にザリガニの紙コップとメダカの紙コップをもって一言。
「ママはあんなにザリガニに抵抗したのに、メダカはもらうのかよ。
ママは子どもに厳しくて、自分に甘いからな~」

おっしゃる通りで!スミマセン。

滑川町の子どもは、やりたい遊びができない!?

滑川町は、豊かな自然と適度な暮らしやすさを求めて、
たくさんの子育て世帯が転入している。
滑川町給食費無料・医療費無料、
保育園・子育て支援センター・放課後児童クラブが増設され、
遠距離通学解消のため、スクールバスも導入された。
保護者が求める【子育てのしやすさ】には、とても理解のある町だ。

だが、
最近、滑川の子どもたちは可哀そうだな~と思うことがあった。
「公園の木登りは禁止」だと言われたからだ。
(弱っている木に限らず、すべての公園の木の木登り禁止だそうだ。)

子どもたちは、自分のやりたい遊びの中で、たくさんの学びをしている。
夢中になって遊んだ経験や、できなかったことができるようになった喜び。
友達とのかかわり方、けんか・折り合いのつけ方、
異年齢のかかわりで言えば、なんでもできる年上の子へのあこがれ、
年下の子の面倒をみること…
やりたい遊びを通して生きる力や社会性を身につけていく。

しかし、今の滑川町では【子どもが子どもらしく遊ぶこと】が、
難しくなっている。

『木登り』は、子どもが大好きな遊びの1つだ。
登った時の達成感や、自信、爽快感、友達と協力すること、
自分の体の使い方を知ること、勇気を出して挑戦すること、
季節の喜びを分かち合うこと(木の実をとって食べること)、
自然と触れ合うことで分かる自然の大切さ、
登れる子への憧れ、友達を応援する気持ち…
社会的な学びは非常に多い。

メタセコイアの木だって、子どもはすいすい登っていく。
うちの子が、何度もチャレンジして
やっとメタセコイアに登れたときは、
「景色が違う!」と心から感動していた。
子どもは難しいことなんて考えない。
ただ、楽しいから登る。ただ、やりたいから、やる!

しかし、地域の方から
「公園の木は、観賞用なので登らないでほしい」
「木登りでケガをした場合に、だれが責任を取るのか!」
と怒られてしまった。
確かに、公園は子どもだけでなく、地域のみんなの場所だ。
しかし、住宅地の子育て世帯の自宅のお庭には、
木登りできるような大きな木はあまりなく、
近所の公園で『木登り禁止』となると、木登りできる場所はない。

木登りだけでなく、子どもの声を騒音に感じている方もいる。
滑川町のコミュニティーセンターを利用している子育てサークルは、
「子どもの声がうるさい」と、注意をされたそうだ。
子どもがやりたいと思っても、公園では花火や焚火もできない
公園でのボール遊びも、危ないと思う方もいる。

昔は森が身近にあって、当たり前に木登りしていた。
昔は川遊びして、ずぶ濡れ・どろんこになって遊んだ。
空地だって、勝手に入っても文句1つ言われなかった。
今は?
町が整備されて、暮らしやすくはなった。
かわりに、自然と触れ合うことが少なくなった。
それでも、子どもは自分の触れる範囲の身近な自然の中に、
自らやりたい遊びを求める。

子どもが遊びたいように遊べないことは、体験・経験の貧しさを生む
夢中になって遊んだ経験のない子どもは、
心の貧しさ、生きる力の低下や生きる意欲の低下につながると思う。

学校に行きたくない子が多い!?

学校に行きたくないという子が、本当に多い。
私が今までに子どもたちから聞いてきた、
学校行きたくない理由をいくつか挙げてみる。

・宿題が多すぎて、遊ぶ時間がないから。
・歩いていくのがしんどいから。
・学校が遠いから。
・みんなの前で暗唱(発表)を言わされるから。
・忘れ物をして、先生から怒鳴られたから。
・忘れ物チェックが毎朝あって、プレッシャーになっているから。
・学校を休むと親に怒られるから。
・あれダメ、これダメって言われるから。
・部活が厳しくてつらいから。
・先輩が怖いから。
・校則が厳しいから。
・勉強についていけないから。
・学校では、自分らしくいられないから。
・スカートの長さについて、先生にうるさく言われたから。
・友達が、先生にすごく怒られていたから。
・先生に無視されたから。
・友達がいないから。
・友達に気を遣って疲れるから。
・友達からハブられたから。
・友達にいじられるから。

ひとりひとり個性があるように、
学校行きたくない理由も、学校の悩みも、ひとりひとり違う。

夏休み明けの始業式の日。
うちの学童の送迎車で、学校へお迎えに行くと
先生から、「夏休み中に変わりはなかったですか?」と聞かれた。
「みんな、学校始まるのヤダ~と言っていました」と伝えると
「通常運転ですね!」と返された。
学校が始まるのが楽しみ~と言える子どもは、どれくらいいるのだろうか。

宿題を考えてみる。
小2の真ん中の子。
宿題が漢字1ページだけの日は、とってもいいと思う!
だが、漢字1ページ+算数プリント1枚、
さらに音読が、毎日、ある。
ターナちゃんノートは、『自主学習』をうたっておきながら
ターナちゃんノート2ページ宿題。自学とはなんぞや?

先生から「保護者の方が宿題の丸つけと直しもしてください」と
言われようものなら
もう、この宿題は、『親の宿題』だ。
子どもの宿題ができない=親が悪い、ようなプレッシャー
親は、何がなんでも
(子どものためだけでなく、自分のためにも)
宿題をさせなくてはならない。

理想としては、宿題が少~しだけ出て(30分で終わる程度、なくても良い)
あとは家庭の判断でターナちゃんノートやる…とかが良い。
宿題に追われて、子どもの遊ぶ時間がないなんて、ただの拷問だ。
学童に帰ってきて、ず~~~っと真面目に宿題してても
ママのお迎えが来ても宿題が終わらない子を見ると
一緒に宿題につきあっている私もつらい!

あ!そうそう、良い先生もいた!
去年は、死んじゃうくらいの大変さで宿題をしていた子が
今年、先生が変わって、自分からどんどん宿題をするようになった。
その子曰く、先生が
「宿題は、できなかったら無理して全部しなくてもいいからね」
と言ったそうだ。
なんで良い先生かって、これをこの子だけでなく
クラス全体に言ったこと。
『1人だけ宿題を最後までしない』で提出するのは恐怖だが
「他にも宿題が終わらなかった子がいるかも」と思えると
心の負担が軽くなる。
この子は、この先生になってから
宿題を終わらせられるようになったし、
なんなら、ターナちゃんノートだってやる余裕ができた。
これぞ、本当の自学だ!!

あと、学校に行きたくない理由で、意外と多いのが
「なんとなく、行きたくない。」
言葉で説明できない、学校への恐怖、不信感。

うちの学童に【居場所利用】している子は、
小学校1年生の入学式だけ出て、「学校ムリ」と思ったそうだ。
それ以来、ずっと不登校している。
その子のママは不登校とは表現していなかったな。
『ホームスクーリング』していて、たまに、うちの学童にも遊びに来ている。

※補足
うちの学童、不登校でも、滑川町外でも、中学生でもだれでも利用できる【居場所利用】がある。
不登校の子がいる家庭のママでも安心して働けるように、朝9:00からOPEN!
学校行きたくないけど頑張って通っている子が、たまに学校休んで、朝から学童にくることもある。
うちの学童の子たちは、みんなそれを当たり前に受け入れているので
「今日学校いなかったけど、こっちには来たんだね~」くらいの認識でいる。
学校で、ものすごい頑張って、うちの学童でストレス発散しているのも日常(笑)

 

学校になじめない、縛られている感じがする、
教室入ると緊張する、友達ができない、学校が怖い…
色々な思いがごちゃ混ぜになって、言葉にできないから
「なんとなく行きたくない」になってしまっている。

 

じゃぁ、、、子どもが行きたくなる居場所を考えよう。
子どものまわりの環境を変えていこう。

子どもが思いを言葉にできないなら、大人が手伝う必要がある。
一緒に遊んだり、他愛のないお喋りから、子どもの本音を拾って心を整理する。

意見のある子どもたちでも、大人に意見を言わない。
大人は話を聞かないと、初めからあきらめているから。
だからこそ、今、
子どもも大人も対等に話す『対話』が必要なんだと思う。

最後に…

先日もらってきたザリガニ。
餌によって、色が変わるらしいから、実験を始めた。
3種類の餌に限定して、毎日与えて、さてどうなるかな~?
体の色が変わる前に、全滅する可能性も捨てきれない。

私が欲しくて、もらってきたメダカ。
水槽に入れっぱなしでしばらく放置していたら
「ママは、釣った魚に餌をやらない。パパにも。」と
旦那に言われた。

結局、ザリガニもメダカも、旦那が面倒をみる。

 

次回、こどもをまんなかに!その2を書く。